お耳ざわりですか

古本で入手したジェラルド・ムーアの「お耳ざわりですか」読了。今では「アンサンブル・ピアニスト」という呼称も確立されつつあるけれど、ムーアの活躍した時代は未だ「伴奏者」が「ソリスト」よりも一段も二段も低く扱われていた時代。書名はマトモな音量で伴奏すると「ソリストを聴きたいのにピアノが五月蝿い」と言われた風潮に由来している。基本的にはこの問題と格闘してきたムーアの不平不満がつらつらと書かれているのだけど(笑)、共演者の名歌手・名奏者の人と音楽性が見えるような回想部分は、古い録音を聴き直してみたくなる。エリザーベト・シューマンとか、先日亡くなったシュヴァルツコップとかがとりわけチャーミングに描かれているなあ。ディースカウの卓越した音楽性・人間性にも改めて心惹かれる。「時代の記録」を越えて音楽的に面白いのは26章「私の仕事」。他人にとっては初見で演奏できる程度の曲であるシューベルトの「さすらい人の夜の歌(旅人の夜の歌)」の、非常にシンプルな音をどうやって練習して一つ一つの音の理想的なポジションを定位していくのかを細かく記述。人によっては、たった1ページの曲に対してここまでこだわるんだ!という驚きを感じるだろうし、「そうそう、そこまでやらないといい演奏にならないよね」と感じる人もいるだろう。いずれにしてもこの本の276・277ページは宝のような2ページ。こういう本を読むと、ジェラルド・ムーアその人についても改めて感心を持つわけですが、ステージ引退の公演ライブ録音が出ているようです。最後にステージで弾いたのは、ムーア自身の編曲によるシューベルトの「音楽に寄す」ピアノソロ版。http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=220452「伴奏」に心血を注いできたピアニストの最後のステージ演奏が、最初で最後のソロ演奏だなんて、なんて素敵なエピソードなんだろう。


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