(注)以下は、2008年2月15日に書いた文章です。僕がフライブルク音楽大学に入学するのとちょうど入れ替わりで卒業する教会音楽家・合唱指揮者の安積道也(あづみみちや)さんの卒業試験をお客さんとして聴くことができた時の話。そう、ドイツの音大では卒業試験を一般に公開するんですよ。演奏の人はもちろん、作曲の人も、一晩のコンサートを組み立てて、そのコンサート全体が試験の評価対象となります。
以下の記述では卒業試験で審査される側にいる安積道也さんは、もちろん試験にパスしてディプロムを獲得。今は帰国して福岡を拠点に活動していらっしゃいます。とても魅力的な音楽家です。 是非安積さんの最新の活動も追いかけてみてください。
※安積さんの合唱講習会を東京で7月7日(土)に開催することになりました。詳細はこちらをご覧ください。
以下が安積さんの卒業試験を聴いた時の文章です。敢えて全く改変せずに公開。
合唱指揮科の卒業試験を聴いてきました。
今日の受験者は今度フライブルク音大の指揮科を卒業する安積道也(あづみみちや)さん。
他の科と同じくコンサートして終わりなんだろうなぁと思って行ってみたら、演奏+練習がセットになった公開試験でした。たしかに指揮者って、棒のテクニックや本番のこなし方も重要ながら、いかに練習を運んでいくか、というあたりも大切な要素です。練習も試験範囲に入ってくるのは納得ですね。
日本の指揮科はどうやって卒業していくのかなぁ。そう言えば見たことがない。
今回の場合は、20人弱の合唱団を相手にして、
1)最初にブラームスのOp.74 Warum ist das Licht gegeben dem Mühseligenを演奏して(これは事前練習済み)、
2)その後にオランダの若い作曲家の曲(作曲者名を忘れちゃったけど、デュリュフレの4つのモテット1曲目を下敷きにして、最近合唱界ではやっている7thや9thの音を内声にまぶした、対位法皆無、和音だけ勝負の曲)をその場で楽譜を配って(指揮者も含めて全員が初見らしい)、20~30分ほどその場で練習、最後に一応一回通す。
3)最後にMatyas Seiberという人のThree nonsense songsの3曲目”There was an old man in a tree”をその場で練習(予見はしてあるようだったけど、練習はぶっつけ本番みたいだった)。これも20~30分程度
という3本立てでした。トータルで1時間10分くらいだったかな。
合唱団の実力の方は、音大生水準よりは上、最高水準ではないながらもそこそこのプロ水準、という感じでした。フレーズの捉え方なんかが甘いけど、複雑でない調性なら初見で歌えて、3和音が出てくると一瞬で純正にバチッと揃う、というレベル。
なのでところどころは音を確認する必要があるけど、基本的には音楽の方向付けに集中できる状況です。
安積さん、とても的確な指導でうまく時間内に曲の形を整えていました。多くの日本人合唱指揮者みたいに抽象的なイメージ論で語らずに、基本的には体の使い方、音楽の表現結果について具体的な手法を示して、時折それを支えるバックグラウンドとしてのテキストの情景説明を織り交ぜるやり方です。ちゃんと1箇所1箇所、目立つ問題から順に根っこを掴まえて解決していくクレバーでスマートな練習です(僕がアンサンブル指導する時の方法論とも大部分で重なっている気がします)。
今日の練習の中では、音1つ1つのゲシュタルト的な扱いまでは触れていなかったから出来上がった演奏自体には甘さはあったけど、きっと時間があれば実現できる手腕があるような気がします。
バトンテクニックは非常に流麗で豊富な表現、わかりやすい。語末の子音を難なく揃えさせる事もさらっとやってのけます。時折見せる、深みのあるブレスでのアインザッツの整え方は特筆もの。
僕の曲も彼に振って貰えたら、今まで引き出されなかった構造がちゃんと引き出されるかも、と期待を持ちました。オケ指揮者じゃなく合唱指揮者にこういう音楽作りをする日本人がいてくれた事がすごく嬉しい。
放っておいても自然に音が横に流れるヨーロッパ人と違って、どうしても音がその場に留まってしまう日本人合唱団(ヨーロッパ音楽をやる上ではやはり不利が多い)を相手にする場合は、全く別の次元での克服が必要だけど、多分そのあたりの解決策も探っているのではないかと勝手に推察。点と面をうまく使い分ける彼の棒を見ているだけでも音が変わる部分もありそう。
4月に帰国して、グレゴリオの家を皮切りに日本での活動を始めるそうです。今後、日本の合唱界の顔になっていく指揮者でしょう(彼の良さをわかる日本の合唱界であって欲しい)。
青田買い(?)しておきたい合唱関係者のみなさんは要チェックです!
ちなみに彼の先生であるMorten Schuldt-Jensenさんの演奏も去年1度聞きましたが、音楽を固定せずに、液体のように常に流動させながらエネルギーをコントロールしていく指揮と音楽が実に素晴らしかったです。自然に人体が共振するように流れを操れる指揮、というのは特に合唱では貴重な存在です。講習会か何かで外国人を招聘したいようだったら是非彼を!
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