いのちがもし

無伴奏女声合唱のための「いのちが もし」にまつわる作曲のメモ。こういう見方もあるのだ、という紹介。

この曲は、日本合唱指揮者協会の創立50周年の記念で委嘱されたもので、依頼内容としては「合唱団に愛し歌われる曲」というようなものだったのですが、いわゆる「愛唱曲」でイメージされるような、ロマン派に根を持つ音楽のnarrativityから離れたところで作ってみました。かと言って前衛的なものを提出するわけではなく、普段歌い慣れているnarrativな音楽とそうではないものの狭間に位置するような曲を作ることで、合唱団の人が少し別の世界を体験できる機会になればと考えたものです。

テキストは、工藤直子さんの小説「ねこはしる」(童話社)の一部を、工藤さんの許可を得て使わせて頂きました。深謝。

テキストの冒頭はこのように始まります。

テキスト冒頭

テキスト冒頭3行

このように縦書きの体裁を持っていますが、五線譜に慣れている僕は時間が左から右に流れたほうがすっきりするので、作曲の際には横書きに書き直します。

 

テキスト冒頭横書き

横書きに。

横書きにしただけではなく、文節ごとにスペースを加えました。

補助線

補助線を加える

補助線を引くともっとはっきりします。当たり前といえば当たり前ですが、日本語のテキストの多くは文節の集まりで構成されています。このそれぞれの文節が言葉のリズムとして機能する(事が多い)のです。

この文節のグループを、もう少し具体的に見ましょう。

音節

音節を数える

各文節ごとの音節(シラブル)数を書き加えてみました。「みえるなら」のような文節は、作曲上、5として扱いたいこともあれば3+2の方が良いこともあります。現時点では両方を書いておく。一番長くても5音節(1回)、短いのは2音節(1回)、4音節は2回登場して、その他は全て3音節(5回も!)という事がわかりました。ただし、これは文節ごとの区切りなので、テキストのフレーズの区切りとしては細かく分けすぎの感も。

抑揚に大きな特徴を持つ日本語。このテキストは標準語で考えれば良いでしょうから、単語の抑揚を書き込んでみます。

抑揚

抑揚を書き込む

上の図の記号と各々の抑揚はNHK日本語発音アクセント辞典に従って書いてみました。各文節に1つずつ、抑揚記号が置かれているのがわかります。

音楽上では、ここでの抑揚に100%従う必要はないと思いますが(無理に言葉に合わせると音楽が殺される場合も多いのです)、まずは言葉本来の姿を把握しておくことも肝要だと思います。

記号で抑揚の頂点が来る場所はわかりますから、各文節の中で抑揚の頂点から文節の終わりまでの音節数を書き込んでみましょう。

抑揚の距離

抑揚の距離

赤色で書きました。文節の最初に頂点が来る事が多いテキストですね。2音節目に頂点が来るのは、2行目に3回。

これだけ情報が増えてくると、もっと時間軸上の見通しを良くしたくなります。単純にして有効なのが、横一列に並べること。

横一列

横一列

関心は文節の区切りよりも抑揚に移ったので、文節ごとのスペースも取り去りました。こうなってくると、抑揚の「1」があまり意味を持ちません。そこで、文節の枠を超えて1を前のグループに組み入れてみる。

文節を超えた抑揚

文節を超えた抑揚

グルーピング再構築

グルーピング再構築

どうでしょう?

僕自身も当初はまったく期待していませんでしたが、緑の数字が4-3-2-3-4-5と、見事に連なって鏡像の谷間を作っているのがわかりました。

美しい!

eureka!

でもこれは単なる数字。これを音楽にどう生かしうるか?

言葉のイントネーションなのだから、自然に考えれば音楽上の音程に置き換える方法があり得ます。僕の作曲上の経験則では、言葉のイントネーションの規定されていない部分は、音程の動き方に自由が許される場合が多い。

ということで、「抑揚の頂点から次の頂点の登場直前まで下行し続ける音型」という事を考えてみました。

音程を図示

音程を図示

同じ音から始まって4音-3音-2音-3音-4音-5音と下行進行する連なりが見えてきます。言葉の抑揚も損なっていない。ただし、テキストの「それは」部分で、「ー」記号が付いている箇所に関しては違和感大。「ー」の次のシラブルは、同じ高さか、より高い音であるべきなのに、先ほどの機械的な操作で全く逆のイントネーションを当てはめてしまったからです。

そこで

図を修正

図を修正

「それは」の部分を青丸のように修正。この修正は、けれど冒頭からつなげて聴いてみるとせっかく生まれた算術的な規則を壊してしまいます(僕はそう感じます)。

それからこの部分は、テキストでは長い2行目で1文字分のスペースを挟む部分。これを、2行目の終わりと読むか、3行目のアウフタクトと読むか。

総合して考えた結果、音楽にも休符を挟み、「それは」を次のフレーズのアウフタクトにする事に。

楽譜

楽譜

最初に書いたように前衛的な音楽にするつもりはないので、旋法の音階上に丸の連なりを順次進行として素直に置くことにしました。

4-3-2と減っていく動きから転じて、2-3-4と増えていく動きになっているのがわかると思います。

次の「5」は、休符を超えて次のフレーズの最初の音として使いました。

楽譜+図

楽譜+図

ここまでの話は、全ての音=音節(シラブル)がリズムと音価において均等である、という前提で成り立っていました。つまりは1拍子の音楽。

でも、メトリックの枠組みを当てはめることで、音楽はより豊かな時間を得られます。この曲では3声部それぞれが独自のメトリックを持って絡みあうようにしたかったので、拍子は書かず、小節線は段間に引きました。でも基本は6/8拍子や3/4拍子。

そうすると、先ほどの丸の連なりに6音ずつの枠が生まれ、単純な下行進行だった音型から、耳はより複雑な音型のグルーピングを聴き出すようになります。

拍子

拍子

そして、この旋律は発音しやすい音域、音型、テンポの中に設定しているので、日本語ネイティブの人が聴く限りは、文節、あるいは単語の区切りも合わせて聴きとるはず。そうすると、8分音符にして4-2-3-3-3-[3-2]という別のリズムも同時に聞くことになります。

言葉の区切り

言葉の区切り

(1)音符そのものによる4-3-2-3-4-(5) のリズム

(2)小節線が規定する音楽のメトリック

(3)日本語が生み出す文節、あるいは単語のまとまり

この3層構造の中で耳は揺れ動きます。

こうしたシカケが聴こえるためには

(i)複数のグルーピングの長さの違いがわかるよう、一定以上に速いテンポであること

(ii)グルーピング同士が結合して聴こえないよう、一定以下のテンポである事

が必要でしょう。

その範囲の最適値は演奏団体によって違うはず。という事で楽譜には”Not too fast”と指定しています。

 

テキストの「意味」を考えるだけが作曲の方法ではありません。言葉と音楽、という別個の存在を同居させようとするわけだから、こうやって一度抽象的な回路をくぐらせてみる方が、両者ができるだけ深いところで結びつくための道が見つかるかもしれません。こういう視点からの作曲も、紛れもなく「詩と密着する」方法の一つだと思いますし、このような言葉の分析の方法は、西洋詩、西洋文学を味わっていく上で役立つ視点でもあります。

 

「いのちが もし」を収めた「リーダーシャッツ21 創立50周年記念作品集」はカワイ出版から発売。初演会場でも販売されていたけど、Amazonでは6月30日発売(予約受付中)となっていますね。

一般入手は発売日まで待たないといけないのかもしれません。


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