プーランク合唱曲の国内版楽譜

音楽之友社からプーランク合唱曲の国内版楽譜が出た。編成別に全く別の書法を執っている作曲家なので、混声女声男声がまとめて出るのも嬉しいところ。値段も従来のSalabertのものよりずっと安く(一番高い混声でも2200円)、合唱の人はもちろん、作曲の人も手に取りやすくなりました。研究しそこねていたら大変なことになるような重要な作曲家です。

僕にとってのプーランク原体験は「クリスマスのための4つのモテット」で、最初に出会ったときには、あまりにキャッチーな和音の響きに(特に終曲)驚いたと同時に、常套句ではない内声の動きが頻発するのに戸惑いました。で、この作曲家はなんだ?と思って、高校(普通科)の図書館にあった音楽辞典か何かでプーランクを調べてみると「正統的な和声教育を受けていないため、アカデミックな側面からは批判もある」といった感じの記述を含む短い記事が載っているのみ。でもそれくらいしか情報がないから、アマチュアの作曲家だから書き方がおかしいんだ、と思ったのを憶えています。

その次に出会ったのはサルヴェ・レジーナやミサ(ト長調)、そして大学に入ってからはフルートソナタをはじめとする管楽器の各楽曲、オーケストラ、ピアノ曲、と、次第にプーランクの幅広い顔に出会うようになり、ついにはChesterに許可をもらって「象のババール」のオーケストラ版編曲を上演する、というところまでいきました。

 

プーランクの音楽と言えば何をおいても「耳の良さ」に尽きるでしょう。シンプルなメロディや和音(あるいはその反面の凝った和音)、といったことだけで言えば他の作曲家にも見出すことはできるんだけど、これだけ耳の良い人はそう滅多にいるものではないし、それがプーランクを特徴づけているといえるでしょう。

今回楽譜が出た合唱曲を例に取れば、ミサ(ト長調)の1曲目Kyrieにも地味ながらすごいところがあって、最初のKyrie部分が終わる直前の第18小節目。3拍目がさらっとFis抜きの空5度になっているのもさることながら、4拍目では下からd-d-d-fisの根音+長三度音のみのドミナント、というのが響きます。

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プーランク ミサ(ト長調)Kyrieより第17小節

テノールの旋律線としてはa-d-hの3音の動きは極めて常套的だけど、和声的に考えると、4拍目のテノールは3拍目と同じくaに残るのが「普通」。でもプーランクはこういう部分で無意識に、ありふれた贅肉付きの和音なんて響かせません。柱のようにdのオクターヴが響く中に、上昇志向の第3音のfisを響かせるのです。

でもKyrieセクションを終わらせるために次の第19小節は安定した響きの得られるg-h-d-gの和音。ただし、直前で高めのdを鳴らしているテノールは、次のhにも明るさを残したまま移行していきます。これはa-hと2度上行する常套手段だと得られない響き。こういう「和声の中の各パート」ではなくて「各旋律の結果としての和声」がところどころで絶妙な効果を引き出していきます。

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プーランク ミサ(ト長調)Kyrieより第28小節

この18小節目4拍目のdとfisのみの和音が、あとで拡大されるのが、Christe部が終わる第29小節の和音。力強く充実した響きが得られるこの箇所をよく見ると、3和音を完成させるためのaの音がどこにもない!とても充実した響きなので、耳からの表層的な印象だと4パートでは足りずにdivisionも使って和音を鳴らしているように思うけれど、実際はdのオクターブに、ソプラノのfisが乗っているだけ!

こんな和音配置、よほど実際の鳴り方に自信を持っていないと書けません。普通は受けてきた「和声教育」とやらが邪魔をしてaを書き足したくなるでしょう。でも、プーランクは、この箇所にdのオクターブだけで柱を打ち立てることを選んでいます。

「プーランクの合唱書法」というと、ピアノで弾くと意味のわからなくなる内声部が交替する書法などが話題になることが多いかもしれませんが、ほかにも随所に特別な書法が仕込まれています。いまでも、楽譜を読みなおすことで発見の多い、学びの多い作曲家です。


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