田中伸枝

全音から出ているシューベルト歌曲集を買ってみたら編集:田中伸枝となっていた。知らない名前だったので気にも留めなかったけど、この田中伸枝さんによる解説が予想以上に素晴らしかった。たいていこの種の解説って、今読むと鼻白むような時代がかった内容だったりするので、新鮮な驚き。初版は1964年の本なので、もう40年も前に活躍した人ですね。曰く「リートでは詩が音楽と共に大切な役目を持っていますが演奏となるとまず音楽の表現に専念するように心がけましょう。といって詩を軽んずる意味ではなくリートに於いての詩情は音楽を通じて現れてくるからです。 詩を解し、言葉の一々を知る事は大切な事です。これはリートの場合、音楽をより深く追求する手段として考える方が当然でしょう。自らの詩の解釈をもって名曲を左右しない、つまりシューベルトの音楽を損じないようにしたいものです。ところが詩やドイツ語の一々を知るに従って詩の気分や言葉に捉われてしまって肝心な音楽の表現に妥当を欠いている場合がよくあるものです。例を『魔王』にとって見ましょう。・・・」という感じ。このあとには魔王を例にとって、具体的な対処法をわかりやすく解説しています。「詩の方に捉われてその方から音楽の表現を強めようとするつもりであっても、結局シューベルトの音楽を音楽以外の要素でもって補うという冒険をする事になりますから余程注意せねばならない事です」ともある。まさに我が意を得たり!という感じ。声楽ジャンルに根強い、過剰なtext幻想とのギャップには常に違和感を感じていましたが、その違和感を明快に文章化してくれています。40年前って、まだまだドイツ中心の音楽史観で、クラシックが「教養」だった時代だろうけど、それでもこういう見識に辿り着けた人はやっぱりいたんだね。でも、田中伸枝さんの事を調べてみても曲集の解説は全音のシューベルト2冊しか担当していないみたい。出版当初から評判が良かったらもっと他の曲集にも書いていそうなんだけどなぁ。時代と合わなかったんだろうか。因みに、現在も活躍中のヴァイオリニスト田中千香士さんは田中伸枝さんの息子さんでした。そして、千香士さんの姉が、伝説ともなっているピアニストの田中希代子だったんですね。すごい家族です。


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