第2南西ドイツ放送に(SWR2)、Klassik auf Klickという毎週月曜更新のPodcasting番組がある。
平均して30分ぐらい、定番曲から変化球までのレパートリーを、なかなか良い演奏でじっくり聴かせてくれるから登録してるんだけど、12月の放送でかかっていた作品が面白かった。
アーカイブがあるのでここから音源を聴けます。(※番組アーカイブはこちら)
曲はHeinlich von HerzogenbergのStreichtrio F-Dur Op.27-2
全然知らない作曲家と曲だったからためしに聴いてみると、新しい時代の目線で古い様式を扱ったような作風。けれど模倣というわけでもなくて、独特な和音の連結や、やたら泰然とした(素朴、というわけでは決してない)間の作り方、(狙ってか狙わずか)どこに進みたいのかわからない、目的地点が読み取れないフレーズの作り方や、時々顔を出す、1小節前後のフレーズの繰り返し技法(レコードの針が飛んである2秒だけが繰り返されるかのよう)と、それらによって全体に漂う浮遊感。目新しさが全くない単語を、組み立て方によって一つの方言に作り上げてしまったような音楽には新鮮さも憶えました。
意外とモーツァルトやベートーヴェンあたりと同世代のような気もするけど、この曖昧な構成は古典派の時代に存在しない。マルタンやマルティヌーたち同僚世代の可能性も考えられるけど、20世紀の新古典様式はここまでほのぼのしていない。更に後の世代の、調性の臨界点とかゼンエイとかを全く意識せずに書けるようになった世代?・・・と考えてみてもどの推論もしっくり来ない。
で、調べてみると意外にも1843年生まれで1900年に没した人でした。オーストリア人で、ベルリン音大の教授も務め、最後はヴィースバーデンで活動したようです。ブラームスとも親交があって、ピアニストだったElisabeth婦人は、ブラームスが作品を公表する前に批評を伺うような信頼される存在だったとか。
http://de.wikipedia.org/wiki/Heinrich_von_Herzogenberg
検索してみたら、ヘルツォーゲンベルグ=ブラームスの書簡集を日本語訳して発表している人までいました。
http://blogs.yahoo.co.jp/fminorop34/folder/1485688.html?m=l&p=20
作曲家としてよりも、”ブラームスの伝記を調べると出てくる知人の一人”として受容されてきた人なのかもしれません。
1843年生まれと言うことは、同世代をざっと見渡してもムソルグスキー、チャイコフスキー、ドヴォルザーク、グリーグ、リムスキーコルサコフやフォーレなんかが生まれています。ロマン派も一通り熟し、国民楽派が生まれたりして、それまでのクラシックにあった”正統”の書法が分岐して一気に広がりを見せ始めている時代。作曲家皆が、それぞれに新しく自分の音楽語法を生み出そうとしていた活気溢れる時代。上に書き出した作曲家は、作風の違いこそあれど、情熱に突き動かされて音符を書き連ねていったかのような音楽の集中力やほとばしりがある。「自分が次の音楽を作るんだ」という野望のようなモノが。
ところがヘルツォーゲンベルクのこの曲は、そういった野心とは全く無縁で、減税対策のために赤字前提で営業している駄菓子屋さんのような呑気さがある。僕は「ゆるクラシック」「ゆるロマン派」と名付けたいと思ったんだけど、ここまでのゆるさは、クラシック音楽の長い歴史の中でも他に例が思いつかない。
遅い音楽の場合でも、普通はもうちょっとは凛とした美しさをたたえていたり、ロマン派以降ともなれば切れば血が吹くような鋭さがあったりする。なのにヘルツォーゲンベルクの曲には、それがない。
作曲家史上最も悠々と生きられたはずのメンデルスゾーンだってここまでゆるい曲は書いていない。
アマチュアの書法かというとそんなわけでもなくて、よく書き慣れた、熟達した書法だと言うことはよくわかる。細かい書き分けも効いているし、弦楽3重奏だというのに不足無く良く響くように書かれている。真似しようと思って簡単にできるレベルでもない。
1楽章冒頭の2声にしても、ピチカートで始まったチェロに対して同じメロディのヴィオラがarcoで入ってくるような発想は当時なかなか考えられるモノじゃないんじゃないかなぁ。その後ヴァイオリンが入ってくる場面での「何も起こらない」引き算の書法も、ある意味スゴイ。普通ならチェロとヴィオラのメロディを引き継いで朗々と歌いたくなるところを、休符で埋めて焦らすなんて。
始終こういう心地よい裏切りがちりばめられていて、とにかく全楽章がゆるい。
動機の共通とか反復とか変容と言う事は実に巧みに行われているから、全体の統一感はある。
何度か聴いていると、このゆるさが心地よくなってきてしまいます。ちょっとやばい。
Naxos MusicLibraryで他に何曲か見つけられたのでさわりだけ聴いてみたけど、どうも他の曲は弦楽三重奏ほどの絶妙なゆるさが見当たらない。足りないブラームスになっちゃってる感じ。ゆるいことはゆるいし、かなりの頻度で弦楽三重奏と共通するリズム素材が配されているから、「ヘルツォーゲンベルク印」が刻印されているのはよくわかるんだけど。「ゆる曲度第1位」は今のところ弦楽三重奏の席です。
それでも他の曲の中に、最大級の「ゆる曲」が隠されている可能性があるので、興味を持って調べてみようかな。「交響詩オデュッセウス」Op.16なんて気合いの入ってそうなタイトルがあるけど、そういうのが伏兵だったりして。
スイスのドメインでこの人の公式サイトのようなものがあるんだけど、
http://www.herzogenberg.ch/
このサイトですらトップページに「ヘルツォーゲンベルクを紹介しても良いですか?」なんて書いてあるくらいだから、まだまだ知名度は高くはない。
うまく紹介されれば、このゆるさがツボにハマる人は一定数いるんじゃないかなぁ。