編曲の技術(1)

日本語でひとくちに「編曲」と言っても、その作業内容は大きく2種類に分けられます。

Transcription(置き換え。編成Aの曲を編成Bのために書き換える)とArrangement(編み変え。原曲の素材[多くの場合はメロディ、和音進行など]を残して、その他の部分を書き換える。例えば伴奏が変わったり対旋律が変わったり。編成が変わることも多い)の2種類。

後者ならば、必要に応じて原型を留めないにくらい作り替えても良いわけで、そうすると編曲者のオリジナリティを盛り込んだ名編曲、というのも想像しやすいですよね。

ところが前者の方、「編成の置き換え」の良し悪しはなかなか作業している当事者以外からはわからなかったりするものです。ですが、たまたま僕のところに編曲レッスンに通った末に最近仕上がった生徒さんの好例があるので、それを一例に、この「置き換え編曲」の世界を少しご紹介します。曲は、ラヴェルのピアノ曲「クープランの墓」(1914-1917)から4曲目の「リゴードン」。

原曲の冒頭部はこんな楽譜。テンポはAssez vif (非常に速く。四分音符=120)

ピアノ

最初の2小節(ファンファーレ、あるいはシグナル)に続いて16分音符でコロコロ動くメロディが続きます。見た目ではパッとわからないけれど、右手の内声でソラシラソラシ、と動いているのがメロディ。そうじゃない音は、和音ですね。

音数を数えてみると、同時に5音から7音まで使っているので、楽器数が少ない時にはどうにか「やりくり」をしなくてはいけません。

以下はフルート3本のための編曲を例に話を進めていきますね。フルートアンサンブルを書くときに一般に問題になりやすいのはフルートには「低音が無い」という事。高音は高くまで出せますが、それでもトータルで3オクターブ。7オクターブ以上あるピアノの半分以下です。

楽譜で確認するとこんな感じ。フルート音域

こういう音域を持っていますから、フルートアンサンブルのために編曲しようとした時に考えがちなのは、旋律の音と和音の最低音をなんとか拾ってきて、あとはどうしても必要になりそうな、和音の第3音を埋めて、という判断で書く編曲。楽器の音域をはみ出る場合には音をその場しのぎ的にオクターブずらして次の楽譜のようにしのぐわけです。

フルート三重奏1

これはこれで頑張っている方だけれど、例えば2小節目のフルート1番は、ドラファレ↑ドのフレーズを最後に7度上行しています。

フルート三重奏1a

これはピアノの原曲と同じなんだけど、実はこのフレーズは最後に7度上行なんてしないんです。ピアノは片手でも多声を扱えるから、最後のドは、音響のために上の音が足されているだけ。本来の旋律は上から下までドラファレ↓ド、と駆け下りる旋律です。

ピアノ曲からの編曲にありがちな、「ピアノ的書法に騙された」ケースです。ちなみにラヴェル自身による管弦楽編曲では、トランペットがこの中心的役割を担っていますね。

この編曲では3重奏と小編成なので、一人の音の動きが音楽に与える影響は大きい。16分音符の速いパッセージで最後にひょいっと方向転換して7度上がる音型と、上から下まで勢い良く降りていく音型は、演奏の理想的な方向性にまで影響してくるでしょう。

これに対して次の楽譜の方は

フルート三重奏2a

メロディ担当の1番フルートが、ちゃんと本来の旋律どおりに下行。

じゃあ高いドの音は消えたかというと、ちゃんと出てます。2番フルートの跳躍の音として。

そして3番フルートは、先の編曲にはなかった8分音符のソ・ファ・ミの音型で、和声的な充実と(変形した)順次進行の両方を満たしています。

更に1小節目2拍目を見ると、前者と後者で3番フルートの音が違っています。前者は、フルートで出すことが出来ない低音への未練がましい気持ちが漂ってますね。よく言えば安定した響き。1拍目も2拍目も、2小節目も、つねに高音メロディ+中の和音、一番下のバス、という王道からはずれてません。

 

けれどラヴェルのこの音楽で本当に一番大切なのは和音としての響きの安定感か?

 

と考えてみると、決してそんな事はない。多くの人が2拍目で感じている印象は、「高い音」とか「輝かしい」とかが優位でしょう。それがあるから、2小節目の「高い音から低い音へ駆け下りる」動きが生きて、短いながらも実は非常に強いコントラストが働いています。

となれば、フルート3本で考え得るコントラストは、バスらしい低音によってではなく、高音域の輝かしい密集和音の方がよほど適切だ、と言う事も見えてきます。

後者の編曲は、2小節目1拍裏の8分音符で和音を全部鳴らそうなんて考えていないのも大事なポイント。こんな短い一瞬で大事なのは和音がすべて揃うことではなく、狙った音型の流れが瞬発力になって生きることなんですから。

話が長くなってきたので、今回はこのあたりで中断して次回に続きます


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