編曲の技術 (2)

編曲の技術(1)の続き。
原曲の必要な声部を抜き出して、可能な限り音域を原曲通りにするだけが編曲じゃないよ、という話でした。

例に挙げたのはラヴェルのクープランの墓から「リゴードン」。
ピアノこの稿は、最初の2小節のファンファーレが終わった後のお話です。

3小節目から始まるのは、コロコロ転がる気持ち良い音型。

ピアノ2

これをフルート用に編曲しようと思ったら、音域に悩みますね。ソラシラソラシの旋律は、最初こそ演奏可能だけど、終わりの方では演奏できない低音にまでもぐりこんでしまう。だから、もとの音域は諦めて全体をオクターブ高くしてしのごう、というのがありがちな発想。こんな風に。
フルート三重奏1b
旋律だけじゃなくてバスラインの音もオクターブ上げる。残った1パートはなんとなく手持ち無沙汰で、足りない和音の音を選びながら8分音符の穴埋めにまわる。特に横につながる対旋律らしい流れが組み込まれるわけでもありません。

でも、これだと原曲の、左手が右手を飛び越えて低音に高音に行き来する楽しさが全く消えちゃうじゃないですか。

せっかく運動性の良いフルートなんだから、この跳び跳ねる音域を生かさない手はない!というのがこの楽譜


メロディからは充分(6度以上!)離れているし、スラーで順次進行しているメロディと、スタッカートで飛び回っている音型と、4分音符単位のゆったり順次進行をしているバスラインの3パートは、どれも旋律の質が違う。だから上に飛び出た裏拍がメロディを聞こえにくくする事はありません。

副産物として、1番フルートの低音の流れが、前者よりも重心の見えやすい「良い旋律」になったのも、演奏をする人ならわかって貰えるでしょうか?

地味に変化している2番フルートのスラーにも注目。最初の例よりも長くなっているでしょう?
1番と3番フルートがスタッカートの音型を奏でているのに、順次進行の細かい旋律担当の2番までが頻繁にタンギングしたら、音楽の流れが殺されかねません。4分音符単位ではなく、フレーズ単位でタンギングするようにスラーを書くことで生まれるフレーズの自由な流れ。それとは気づかれにくい事だけど、音楽の質と印象を左右するかなり大切なポイントです。

音にして聴けばたった10秒のこれだけ短い部分ですら、言葉でその良さを説明するのはかくも大変!でも耳で聞けば一聴瞭然!

それが積み重なると、世にあふれる凡庸な編曲と、キラリと光るもののある編曲がいかに違う次元になってくるか、想像がつくでしょうか?

「編曲もの」を聴いて殆どの場合残念に思う理由がこういうところにあります。

「その編成ならでは」の工夫が光っている編曲なら、敢えて編曲に挑む理由も、わずかながらの勝算もあります。だけど、こういう事に全く目を配っていない編曲は、オリジナルの劣化コピーにしか成り得ない、負け戦確定の作業ですから。そんなものに付き合うだけ時間がもったいない。

僕のところにレッスンに通って、何度も根っこから楽譜を書き変え、最終的には眼を見張るようなフルート三重奏用の「クープランの墓」を書き上げたのは作曲家じゃありません。

フルート奏者の渡邉加奈さん。

フルート界のニュースとして記憶されてもいいような、新編曲が生まれたかも知れません。上に書いたよりも更に充実した工夫が随所に散りばめられてますよ。「たった3本のフルート」だと想像して聴いてみたら、きっと驚くことでしょう。

この編曲の初演は6月9日です。

「フルートアンサンブル・トリプティーク リサイタル2011 ~白尾 彰氏を迎えて~」

トリプティーク リサイタル2011
興味のある人は、是非演奏会で聴いてみてください。

トリプティークの公式サイトはこちらです。→ http://tripflute.net/
#生演奏には比べるべくもないけど、一応音の高さだけはわかる打ち込みサンプル音源も置いておきます(打ち込みだと編曲の違いがわかりにくいのですが。)。

参考音源: ピアノフルート初稿 |

※ 改定後のフルートは生演奏を聴いてのお楽しみ。


Reply

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です